No.7 高野文子

やっと「ユリイカ(高野文子特集)」が届いた!! もう、この人最高だわよ。ぼくの「表現」に求めるところのまさに「理想形」ここにあり、て感じなのです。ほんとに。 自分にもっと時間があってなにか自分の一番したい表現手段で作品をつくっていいよという状況におかれたら、間違いなく「高野文子のまんが」と限りなく近いことをやってしまうと思う。「やってしまう」というのもおこがましいのだけれど、そもそものやりたいことだとか感じ方、視点、欠点、観念、妥協の設定ラインなどがほんとに似ている(と勝手に思ってる)ので「高野文子体験」以前からこの手のやり口でこのレベルで表現したいという欲望は結構明確にあったの。ほんで今回の「黄色い本」でもう、完全にやられた。はっきりいいまして今のボクからみたらこのマンガは「完璧」。非の打ち所がない。ユリイカの対談中でもあったんだけど「トックリ男」が浮いてたってのは確かに感じた。「男」を書くときに「筋肉が動かない」みたいなこともいってて本人も「あちゃー、やっぱういてたか」といった感じだったんだけど、あれは話の中で美っこちゃんにとっても「浮いてた」ろうからまぁいいんじゃないのかな。ギリギリ「完璧」といっちゃう。 しかしこのマンガの「コントロール」のレベルは尋常じゃない。完璧主義者が72ページに「3年間」を費やすと、ここまで「純化」された芸術が生まれるのかといういい「基準」になった。もう描きたくないというのも無理はないと思う。どんなに疲れるかがなんか手に取るように想像できちゃって、自分もいつかは描きたいと思う反面、とてもそんな地獄は味わいたくないとも思う。へたれ。

このユリイカ、いろいろと高野の自分設定が語られててほんとに面白い。「手とか足の動きに読者の注意をもっていきたかったから、顔はできるだけてきとーに描くように気をつけた」とか「美っこちゃんを中心に同じコマのなかで左右のパースをわざと狂わせて【現実】と【妄想】を表した」とか「黒い暖簾で視線を誘導しといて次のコマでのそこからのジェンニーの登場に備えてたり」とか、「最初に雪の夜の空の明るさに使うトーンを選んどいて、その色の濃度を基準に他のシチュエーションでのトーンを決定してたり」とか、やっぱりそこまで考えて(苦しんで)いたのか、と、にんまり。さらっと流してしまうようなものでさえ作り手は相当苦心しているのに、ここまで読んでいてプレッシャーになるほどの「すごさ」を全ページに満遍なく敷き詰めてある作品なんて一体どれほどの苦労がベースにあるのだろうと常々思ってたんだけど、やっぱりそれ相当のものだったわけだ。安心した、この人が意識してコントロールをするひとで。かつそれを肯定するタイプで。 ところでこの人がすぎむらしんいち好きなのも面白かった。スター学園の前半はほんっとに面白いからね。あの人は「完全にこっちサイドの人間なのに商業マンガ畑に浸かってしまってて面白くない思いをしちゃってる人」の典型なのかしら、このひとら(高野+大友)の話からすると。ぜひとも変態純度をましてカムバックして欲しい。もったいねー。

2002-09-05-THU

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