No.136 ねごと

さて今日は3連休中日&さぽバイトということで、家でぽっくり過ごすことに決めた。 最近ミミはほとんど外に行かず、こたつ布団の隅の定位置でず〜っと丸くなっている。 ぼくらとしては家にいてもらった方が安心だし、ずっとかわいいのを見てられるから、冬はちっとうれしい。 しかも夜は寒いので決まってもぞもぞと布団にはいってくるし、体もふっくらして毛もふわふわになるからうんと気持ちよくって、ほんと、毎日が猫日和なのである。 今日もミミは、ほとんどさぽの座椅子の座面のところに丸くなって寝てて、ぼくが便所にいったりなにかしらアクションを起こす度に、それがきっかけとなって動きだし、爪をといだりなにかして、ぼくが席に落ち着くとまた定位置に丸くなるというのをくり返していた。

ぼくは昨日酔っぱらってうっかり書き忘れた日記と、今日書く分の2日分の日記を書かなきゃいけなかったので、午前中の時間はじっくりそれに充てて楽しむ。 ちょうどお昼ぐらいにアップ完了。 ここぞとばかりにミミをこねくりまわし、やりすぎて嫌われる。 ごはんを食べてちょっと一息。 ゼルダがあとちょっとで終わりそうな雰囲気なので、本道をはずれてサブ的要素のやり残していたことを潰しにかかる。 こういうRPG的要素の強いインタラクティブなメディアってのは、要するに膨大なフラグ(旗上げ:プログラム的なきっかけ、印)を用意して、ある条件でこのフラグが立ち、またある条件ではこのフラグが立ち、このフラグに対しての条件を満たすとまた新たにフラグが立ち、と、無機的に見てしまえばフラグをどんどん立てては潰していく作業の繰り返しでしかなく、この「作業の繰り返し」をいかに「楽しい・気持ちいい」と感じさせるものに仕立てるかが作品の善し悪しの判断基準になるのだと思う。 これがへたくそだといわゆる「おつかいゲー」と呼ばれることになる。 まさに「おつかい」させられてる気分になってストレスがたまるゲームのことである。 実はゼルダも、後半「おつかい」感が強くなり、どうも最後に向かうにつれてグダグダしてくると最近は評されているのだ。 確かに前半のテンポ・テンションにくらべて後半はなにか寂しく、「作業感」が強くなってきて、どうも全体としてバランスがとれていないように感じる。 噂では急いで間に合わせて作ったため、後半に本来用意されていたいくつかのダンジョンがカットされてしまい、無理矢理ボリューム感を出すために、後半はいったりきたりのおつかい的要素でごまかさざるをえなかったといわれているくらいである。 真偽はさだかでは無いけれど、その説も十分あり得るなと思わせる、変なバランスなのだ。 しかし意外だったのだが、ぼくはそういうくり返しの「潰し」作業が嫌いではないみたいなのだ。 やるまえは、ちっとおっくうだなぁなんておもってるんだけど、乗ってくると、どんどん「空欄が埋まっていく感」がたまらないのだ。 こういうの一番苦手だとおもってたんだけど、いつのまにか変わってるもんなんだねぇ。こういう「ハマリ」の好みって。 

さて、夜もさぽとミミとぽてぽて過ごしてたんだけど、突然!うんと「かわいい事件」があった。 なんとミミがとんでもなくかわいい声で「寝言」をいったのだ。 なんかへんな音が聞こえるなぁとおもって音の出所を探ったら、ミミが眠りながら「にゃもにゃもにゃ〜、にゃもにゃも〜」と、うんと気持ちよさそうにないていた。 もうあんまりかわいくって腰が抜けた。 こんなのはじめてみた(トラは常ににゃもにゃもいってたので別)。 直後に目を覚ましたミミは、現実と夢とがごちゃごちゃになった様子で、「あれれ?」という顔でしばらくぼけっとしてたんだけど、そもそもちっちゃい頭なのでなにが「あれれ?」かも分からなくなり、またすぐに寝た。 ミミの生活には、常にぼくもさぽも絡んでいて、おそらくそのウェイトは相当大きいはずで、だとするとミミの見る夢にもぼくやさぽが出たりする可能性は高いわけで、そう考えるとなんだかとっても楽しい気持ちになった。 だってミミがこのちっちゃい頭でぼくやさぽの像や音を勝手に作り上げるんだよ。 うひゃ。

2003-01-12-SUN

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