No.220 アタマがわれる

あまりの頭痛に6時前に退社。 こんなに早く帰るのは何カ月ぶりか!? とてもかえりづらいので、バッグをもって帰ることができず、封筒に弁当やらチボーやらSPやらを詰め込んで、あたかも仕事で外出する人間を装ってコソーリ帰ってきた。 なんで定時過ぎてんのにこんなマネしなきゃいけないのか…  しかしあれね、6時に帰ると夜ってこんなにも果てしなく長いのね。 あまりの時間の多さにびびった。 これって「休日」レベルにリフレッシュできるじゃん。 ちょっとやばいなぁ。 役所ではたらきたいなぁ。 このペース(8〜9時間労働)だったら毎日でも働けるぞ、ほんとに。 なおかつ家で「ちゃんと」勉強ができる。 運動もできる。  ジャックが怒ってたよ。 資本主義は往々にして労働の負担に見合った賃金が支払われなくって、それに慣れて当たり前になっちゃってるひとが自分が囚人レベルのひどい生活(ゆとりや時間が本来人間に必要な量に全然足りてない)をさせられてることに気づくきっかけすらなくって、それはとんでもない「不幸なこと」だと。 そもそも何を基準にこんなに働いてるのかしら? 一般的にさ。 なんとなく1日12〜14時間くらい働くなんてのは、誰にとっても当たり前みたいなことになっちゃってるけど、それって全体的な流れとしては「何(なに)」のためなんだろう? 仮に世の全ての人が一斉に働く量を半分に減らしたらどうなるんだろう? まぁ、今のシステムでいきなりそんなことしたらとんでもないひずみでいろいろが崩壊するんだろうけど、そういうことではなく、多分「量」としては半分でもたいして問題ないだろうと思うのさ。 あまいかなぁ?  だってそういうエネルギーの多くは動く床だとか64和音の着メロだとか、きれいなプリンターだとかハードディスクレコーダーだとか、風俗だとか、早い飛行機だとか、光ファイバーだとか、安い旅行だとか、安い服だとか、良質な化粧品だとか、モダンリビングな自動車だとか、記録の伸びる靴だとか、そういうものに化けてるんでしょ?  いや、自分だって利用してるし面白いんだけどさ、そんなもんのために世の中の「労働苦痛時間」が2倍3倍に膨らんでるんだとしたら、もう、今すぐにでもそういったプラスアルファの「快感」なんて捨てさるなぁ。 と。  いきなり嗜好品、奢侈品の類が消え去るわけでもあるまい。 むしろゆとりの時間、考える時間がふえることで全体の「価値観」やら「審美眼」の質が向上して、もっとそういうものが本質的なところで充実しそうな気がするんだよなぁ・・   一生懸命身を粉にして働いて、そうしなきゃ為し得なかったすばらしい「価値」を産んでる人だってもちろんいるだろうさ。 そういう人はほんとにすばらしいし、むろん否定するつもりは毛頭ない。 だってそういう人ってのはぼくがいわんとしてることなんか軽〜く消化しちゃってて、そのうえで自らの意志で選んでそうしてる人たちだもの。 そっちのことでなくて、なんというか、馬鹿な資本家、膨大なマネーエネルギーをひとところに集中して自らの欲望にそそぎこむような動物の弊害が気持ち悪いなぁという話。 まぁ、そういう偏ったエネルギーがアートを飛躍的に進歩させるってことがあるのは否定出来ないけども、だからどうだと。 結果として飛躍的に進歩したことは全宇宙的にいいことだと思うけど、そのために全運命的に気持ちの悪いことが前提としてあるんだったら、そんなダッシュは無意味だと。 それよかもっとのんびり健やかにいこーよと。 みんながみんな呪いからときはなたれて、いい意味で「だれにどうおもわれたって別にいいや」という気分になったら、すごくゆったりした余裕のある社会が自然と形成されていくんだろうなぁ。 ちょっと旧だなぁ。 いや、急だなぁ。 なにしろアタマがいたいなぁ…

2003-03-27-THU

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