No.905 100s

中村一義はやっぱりちゃんとした天才なんだなーと、100s(ひゃくしき)のデビューアルバム「OZ」を聴き込めば聴き込むほど再確認。 買ってすぐに車で聴いたときには、この期におよんで(バンド名義だからか)なんともロックロックした既成の単純な音づくりにおもえて、なんかつまらんもの買ったかしら?という気がしたんだけど、2日ぐらいぶっとおしで20リピートくらい仕事中聴いてみて、そしてあらためて歌詞をみて、ちょっと一緒にうたってみたところで、このアルバムがこんなポップ音楽という形でありながらもまったく希有な、しかしまぎれもないアートの領域に住む気持ちの悪いほどの傑作であることに確信をもてた。 平気で何回転もしてるから、ほんとにうっかりすると変な声のロックでおわってしまうところだ。 まあ、うけつけない変な声については当然「金字塔」の時点ですっかり中毒になりかわっているわけだが。 ちなみに気持ち悪い声でいったら鈴木慶一も同様にはまったら抜け出せないタイプだ。あの気持ちの悪いシャウトやファルセット、そして音痴といわれるゆえんのあの天才的音外しは、麻薬的に、攻撃的に、こちらの快楽のツボをうららと刺激する。 で、このアルバムは全編とおして言葉の発音と歌詞とメロディーのものすごい仕掛けというか、遊びかたが抜群にかっこいい。おもしろい。  金字塔のころからものすごい言葉遊びができる人だとはおもっていた。 これは韻とか洒落とかいう平面的なレベルではなくって、そういうのを全部からめてさらなる高次元であっちとこっちをつなぎ合わしてという、3次元的どころか時空も歪むようなこの人独自のもので、つまりとてもメタ言語なのです。  基本的に日本語の発音ではなく、日本語をまずおいてみて、それを英語の発音のルールでもって読んでみた、というようなかんじの言葉の発音の仕方があって、(たとえば英語において前の単語の最後の子音が次の単語の最初の母音にシンコペートする感じを導入して、それによって生まれる歪みを楽しみ、それがより面白く生きるように言葉の句切り処を緻密に編集してとにかく「音」として気持ちよく聞こえるようにということ、発音して気持ちいい音声、多トラックの楽器のなかでその中を踊るように面白いリズムを刻むパートとしてさえ機能すればいいというような割り切り方で、可聴性は無視してある潔さ。そこがある程度聴き込んでから歌詞をみたときの驚きやワクワクに直接働いたのだ。)その発音から生まれたアイディアをまた言葉の意味的な要素のほうに還元して言葉としての、言語としての遊び(さまざまなダブルミーニング的な遊び)も付け加えて、またそれによって生まれた抽象的なイメージを曲全体の構成に(詞世界にも)反映させて、という、ほんとにどこまでも果てしない、妥協ない循環循環スパイラルアップでもってとことん一曲一曲が洗練されているのだ。 いや楽しい。 愛・無心・銀河・宇宙→I'm singing out youなんてのは序の口(というか異次元への意図的な目立つ扉だった)で、YES!BAND(S)とは進行形(←進行形という単語をさっきのダブルミーニングの直後にいってしまうこの絶妙で変態な感覚)、ほんで「爆音。爆音。ゾーンの末」という歌詞の部分がどう聞いても「ベッコー、ベッコーンゾーンノスェ」となっているあたりから、「うわ、はいはいはいはい、ものすごくやっちゃってんだ、なるほど!」     そういうアルバムでした。

2005-03-17-THU

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