No.1214 四十九日

福島のじいちゃんの四十九日。 朝ご飯を食べ、黒い服に着替え、としみつとぼくとちゃんすは一足先に寺にいき、受付の準備。 立派な寺で、檀家が熱心なんだろうなという感じが伝わる。 ちなみにうちと同じ曹洞宗。  皆あつまり、坊主現れ、ちゃんすとじゅんこはあの坊主は絶倫に違いない、ドンと突かれたいものだ、などと噂し、四十九日の法要が始まる。 絶倫坊主が四十九日の意味を説明しおえると、ボス坊主が登場。 ここの坊主はみななにか本当らしくて好きだ。 うちの(米沢の)坊主は商売の香りが漂う似非坊主らしさがなかなか味があっていいのだが、こういう質感はない。  同じ曹洞宗なので、お経も同じ。 ぼくは4回前くらいの法事から、お経を読むのが楽しくてしかたなくなってきたのだが、じじいのしゃがれた味のある声、もしくは坊主の訓練されたあの独特の発声でないと、あの高さ(男声としては微妙にキーが高い)で読むのは不安定でどうも気持ち悪い。 かといって違うキーでやろうとすると、もともと普段ない言葉や節回しなもので、どうにも己なりに納得いくグルーブを醸すことができずにこれまた情けないものになる。 で、今回、初の試みとして1オクターブ下げてギリギリ限界の低いところでチャレンジしてみた。 麒麟なみのバスである。 低すぎるかとおもったが、お経の音程は動いてせいぜい前後長1度ほどなので、全然無理なく読み進めることができ、今までになく、心地よく、自然に、己の気持ちいいグルーブを楽しみながら読経することができた。  30分ほどで法要はおわり、続いて寺の中にある大座敷で昼食。 1時間ほど美味しくいただき、食べきれない分は風呂敷に包んで家に帰る。 それにしてもこのお寺に飾ってある絵や版画や書は格好いいものが多くて素敵だ。

保原の家で一休みして、お客が集まってきてぼくらいても邪魔になるだけだろうと、さっさと山形へ帰ることに。 あんまりさっさと帰ったもので、全てがはいっているメインのバッグを忘れてしまうがあきらめる。 2時間かからず山形着。 昭和で発売日を見逃していた堀込兄のソロアルバム購入、ついでにこれまただいぶ前にでていたのを見逃していたアフターアワーズの21号(マイス、ヒムの東京ライブ映像付き、さらにノルウェージャズ特集にそれにあわせたコンピCD付き!買わないわけがない!)も購入し、お兄ちゃんアルバムを堪能するため家に帰らず千歳山から西蔵王にかけてドライブ。 夕闇に移り変わっていくすばらしい山の景色の中、待ち望んだ兄全開の世界観が強烈にマッチして、二人恍惚。 やはり、兄曲はやばい! 「ソフトフォーカス」という曲の楽曲が吐き気がするほど綺麗で、昔のムーンライダーズの曲でめちゃくちゃ大好きな「夢が見れる機械が欲しい」という曲に通ずるマテリアルを感じて、その抜き差しの美学に静かに大興奮していると、急に視界が開け、いつの間にか夜になっていた街の夜景がとんでもなくでかいパノラマでもって一気に目に飛び込んできて、タイミング同じくしてまさにそのテンションに完全にシンクロして「beautiful~ beautiful~」といういぶし銀の錆、もといサビ。 あんまりびっくりして、ハンドルを切り損ね、山道のカーブを大きく膨らみすぎて急斜面を転落…

大事故などでグロテスクなまでの大怪我をした人を、人は「大怪我した人」として日常とは別の世界に住む、さながら妖怪かなにかのようなものに感じて、自分と地続きのものではないと分けてしまってその恐怖をやわらげるが、しかし、耐えられるはずもないその痛みと呼んでいいのかさえ疑わしい強烈なものに面と向き合うしかないその人らは、まぎれもなくわたくしあなたの生活の延長となんらかわりないただの人なわけで、そのことを常に余計に考えては事故の話など聞くたびに吐き気をもよおしていたこの自分が、いま、まさに、その当事者となってしまったわけで、常々そのように地続きに考えられる自分に感じていた正しさや、それによって培われるであろうと考えていた免疫などは一切通用しない現実の恐ろしさに直面して、人間ひとりがどうしたって耐えられるわけもないすざまじきエネルギーを体中に感じるも、耐えられないからといってすぐ死ぬかといったらそれも自分の任意でどうにかなるものでもなく、耐えられていないのに「生」は継続するというあまりに残酷な仕打ちに、なるにまかせて、いやまかせてなんてものではない、宇宙の業にさらされて、そのうち目の前が暗くなってきて、とにかく腹が熱くて、熱くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、興……

で、パラレルワールド分岐というわけだが、あっちの死んだ方のぼくとちゃんすの日記をみてる人は、こっそりこの日記をこまめにチェックしてくれていたぼくの父親が、不慣れながらふたりが死んだ旨を説明し、閉鎖はせず、このまま残していくということを告げた、衝撃的なものを見ているわけで、で、こちら側の世界の人は興奮しつつもうまくハンドルを切れたぼくと同じ方に進んだ人らなわけでして、これも何かの縁、どうぞこれからも仲良くしてね。  こっちのぼくはその後プールに行き、平と背を1時間ならい、クロールを自主練。 肩はだいぶ治ってきた。 うれしい。

2005-11-26-SAT

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